挿し絵が動いて芝居をする

 写し絵は、
江戸時代-写し絵上演風景
「絵草紙の挿し絵が動いて、芝居をしている」と江戸庶民を驚かせた芸能だった。闇の中に、極彩色に描かれた人物が輝いて登場し、説経節や義太夫節で語られる情念の世界を、様々な立ち居振る舞いで劇を演じるのである。
 だるまが掛け軸から飛び出て踊る滑稽芝居。両国川に舟が漕ぎ出て色鮮やかな花火を次々と打ち上げたり、蕾を瞬時に満開に咲かせもする「からくり仕掛け」の「けれん」も見せた。
 「描いた絵が動くなんて、これはキリシタン伴天連の魔術ではないのか」と江戸庶民は驚き、熱狂した。

始まりは江戸時代・約二百年前

 始まりは
風呂-解説図
約二百年前・享和三年(一八〇三)。ルーツは南蛮渡来の幻灯器で、一八世紀の中頃に長崎へ輸入された。招魂燈と訳され、エキマンキョウ(鏡)と仮名が振られている。外国の珍しい風景を寄席で映し、評判だった。幻灯器の絵は動かない。絵を動かして芝居ができぬか、と思い立った者がいた。写し絵の祖「三笑亭都楽」である。
 南蛮の幻灯器は、金属製で重い。光源は油皿に芯を立て火を点す。とても重く、熱い。だからでんと据え置くよりない。

風呂(幻灯器)を抱え持つ

 都楽は
写し絵「風呂・種板」
幻灯を桐材で作った。桐は火に強く、軽い。風呂と呼んだ桐の幻灯器は、映像を映す時、胸に抱えた。だから、立ち絵姿は歩くが如く動かせる。それにからくりで動きもつく。固定と抱え。これが幻灯器と写し絵の決定的な表現の差異を産んだ。
 映像は和紙のスクリーンに映す。絵は、薄いガラスに浮世絵を描いてフィルムとした。だから、日本の映像芸術は、最初からカラーで映された。

モザイク画のように絵を構成

 画面構成は
写し絵-画面構成
合わせ絵である。墨絵をイメージして頂けると良く分かる。門や中庭、家。それに遠景の景色などを一台づつの風呂から映して画面構成する。絵の大小、遠近は映写和紙に自在に構成できた。何とも優れた発想ではないか。

日本にしかない独特の芸能

 写し絵は、
写し絵の舞台裏の様子
映像に語りと音曲を加えて劇を演じた、映画に百年も先行した芸能だった。単に映像を映しただけではない。写し絵師が光を操り、映像を自在に操作して劇を演じたのが「江戸写し絵」である。絵を動かす原理は今日のアニメーション映画と同じで、その基本技術はすでに江戸時代に考案され、劇に生かされていた。映画などのフィルムに固定され映像ではなく、客の反応に受け答えするの映像と言えるだろう。
 江戸時代、写し絵は油皿に立てた芯を点して明かりとした。そこで得られる明るさでは、百名の客に観せるのが限度だった。その後映画が輸入されるにおよんで、興業としては成り立たずに衰退していった。
 みんわ座は現代の優れたランプを使い、欠点であった光量を上げ、鮮やかな映像を映すことに成功した。演劇性の高いからくりの技術を復元し、大勢の観客に観て貰える江戸の香り高い写し絵を上演している。
 写し絵は、今日では世界でも例のない日本独特の芸能である。
 みんわ座の復元は、昔の懐かしさと、今日的な舞台芸術の可能性を切り開く、斬新性を兼ね備えていると評価されている。